日本とコロンビア 当たり前が当たり前に違う話

当たり前だと思っていたことが実は「自分だけの」当たり前だったってお話はよくあることかと思いますが、外国で生活していれば再考させられることが多々あります。例を挙げれば枚挙にいとまがありませんが、少し抽象化して整理できたものから今後更新していこうと思います。

挨拶

今回はこれともう1つだけ。これは本当に違う。

英語を勉強していても初期の段階で「How are you?」「I’m fine, thank you. And you?」、スぺ語でも「¿Cómo estás?」「Estoy bien gracias. ¿Y tú?」という例文を学ぶと思いますが、日本語で「元気?」「抜群だよ!」なんてあまり使用しないですよね。いや、完全に否定はしませんし、久々に会う友達に使うこともあります、ただ日々の生活をする上で薄く知っているだけの人の体調なんて興味ないです、ワタシは。また、高校時代にアメリカに留学していた時、学校ですれ違う友達ほぼ全員が毎回「Hey how’s going on?」「What’s up bro, how are you?」と、砕けた表現でもいちよワタシの体調を聞いてくるのに困惑して律儀に「ちょっと風邪気味なんだよね」なんて回答する度に違和感を覚えていたんです。だって聞いてくる割に、特に興味ない感じとか出してくるんですもの。

後々わかったことですが、これは「聞くのが当たり前で、聞かないのは失礼」という感覚があるから聞いているだけで特に相手の体調が本当に気になっているわけではない、だからベストな回答は「I’m good! And you?」であり「Great! and you?」な訳です。ちょっと風邪気味とか言われても知らんし、的なニュアンス伝わりますかね。じゃあ、逆に失礼だから聞くなし、とワタシは思いますし、同じ欧米と括ってもフランス人の友達の多くも、このアメリカのフェイクスタイルが嫌いです、少なくともワタシが把握している限り。でも偽善の笑顔を装っても相手に関心を持つこと、挨拶を進んですること、会話のイニシアティブをとること、等に見られる外交的な姿勢が社会的に善とされるアメリカではこれが当たり前なわけです

コロンビアもその意味でアメリカに近いと感じます。完全に同じではないと感じるのは、アメリカではその行いが善であり「How are you?」と言える社会的にまともな人間になりたい、なるべきという軽い義務感と成長欲が潜在的に存在する一方で、コロンビアではそこに義務感も成長欲も感じられないけども、「¿Cómo estás?と聞くのは人として当たり前でしょ」、みたいなもっと厄介な感覚を持ってたりします。もちろん全員が全員とかでなく、傾向のお話です。

だから、コロンビアに来て2回目に会う人なんかに対しては、率先して「¿Hola, cómo estás?」「¿Hola, qué tal?」と元気に笑顔でしてみてください。全然、その後のリアクションが変わってきます。得しかしない。

 

お喋り・雑談

どんだけ好きなんだよ、っていうぐらい好きな人が多いです。これは文化、と簡単に割り切れるものではなくて経済状況の違いもあると思うんです。レジの長蛇が改善されない問題と似ていて、なんでそれが改善されないからって皆不満に思っても改善させようと思わない、不満にすら思ってもいない、なぜなら時間があるから。労働時間が短いから、どうしても典型的な日本人と比べて時間には余裕がある、という意味で今後もっと仕事が中心の生活になっていくにつれ雑談の時間は減っていくと思います。

文化という観点から、「おしゃべり・雑談」というキーワードに対してネガティブな印象がそもそも薄いのではと思います。おしゃべり・雑談って聞くと日本ではマイナスイメージが強いですが、ここコロンビアでは友人と話す大切な時間、と思っている節がある。どっちが正しいという結論を出すつもりはありませんが、ここで生活する上で、その感覚の違いを理解することは人間関係を構築していく上で欠かせないことだと思います。

積極的に身の上話をする、自ら話しかける、元気良く振舞う、大事なのはここかなと感じます。日本ではお喋りな人間よりは、物静かで内に熱いものを秘めている人、背中で語る人の方が評価される傾向にあると思うんです(喋ることを職業とする方を除いて)。新卒で入った日系金融機関でそれを肌で感じました。黙っていた方が断然お得。

でもそんなクールな姿勢だとコロンビアでは理解されずに終わってしまうんじゃないかなと、こちらに来てまだ1年も経っていたない小僧は思うんです。話す言語によって性格や雰囲気を変えるのはダサいと思っていましたが、そんな斜に構えた堅物はそもそも相手にされないんだと最近漸く気付きました。無駄話をすればするほど興味を持ってくれる。ウーバーの運転手、深夜に貸し切り状態のバスの運転手、ジムの受付のお姉さん、同僚、大抵みんなそう。女の子とメールしていても、要件だけ伝えて欲しいドライな今までと同じ自分だと絶対彼女もできない、痛感しています。だって当たり前が違うんですもの。だから自分が正しいと思っていたこと、当たり前だと思っていたこと、全部リセットするつもりはないけども、その違いをまず受け入れることがはじめの一歩なんだろうな、と日々実感しています。

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