ボゴタのメイドカフェで虚構の日本文化を思ふ

そう、コロンビアにもメイド喫茶、メイドカフェがあります。「お帰りなさいませ、ご主人様」のアレです。ワタシが知ってる限りボゴタに3店、メデジンに1店(2017年6月現在)ですが、恐らくそうすぐには潰れないだろうと思われるボゴタで一番規模の大きいKurenai Maid Caféに行ってきました。すると店の窓ガラスに「se arrienda」と物件入居者募集の張り紙が。。ということでこの記事を閲覧されている時点では店はなくなっているか移っているかしている可能性が高い点、ご留意を。

オタクが文化を創る

まず始めに断っておきますがワタシは一般的にイメージされるオタクではありません。メイドカフェマニアでもオタクでもありません。日本で1回、コロンビアで6回。オタクがチヤホヤされる昨今、薄い知識で自らをオタクと名乗る輩がやたら多いことに違和感を覚えますが、ホンモノのオタクはリスペクトしています。日本の職人の大半は広義のオタクでしょうが、物事を突き詰めた彼らの稀有な世界観が新しい価値を生み出し、文化となり、海外にも輸出される。狭義のオタクも同じ。オタクが文化を創る、といっても過言ではないですよね。そして海外に在住するワタシのような一般人はそんな狭義のオタク文化に何も貢献していないのに、海外ではわがものの文化のように振舞う。毎回ちくっと心が痛みます。傲慢な行為と認識しています。なので大前提として、ここでキモオタという単語を使っても心の中では尊敬していますので悪しからず。

日本でのトラウマ

初めて秋葉原のメイドカフェに友達と行った時のこと。完全にリピーターであろうキモオタが牛耳るホームグラウンドで、プロ意識の高い(一線を越えた)メイドさんが作り出す虚構の世界観に素人の我々がどっぷり浸ることはできませんでした。自分は基礎を怠りいきなり応用きかせたダンスを踊りたがるタイプの人間に見られていると感じた瞬間でした。それはオリジナルというかっこいい名前ではなく、ただの下手くそな踊りなわけで。悔しい思いでした。

目的をしっかり持て

なぜ、メイドカフェに行くのか。顔面偏差値の高いコロンビアでは街を歩いているだけで、一瞬世界が止まるような美人にちょくちょく出くわします。知らない美人が一緒に踊ろうと誘ってくれることもあります。美人ならこの国にはいくらでもいる。それでもなぜ、メイドカフェに行くのか。自分なりの解答を持って臨んでください。

Kurenai Maid Café


入店。「オカエリナサイマセ、Bienvenido」と迎えられる。くっ、美人。軽く待たされる。メイドさんは6、7人。土曜の昼過ぎで結構広めな店内も見事満席。やはり美人なメイドはいる。客の大半はカップル、友人、家族(息子ではなくこの業界に憧れる娘を連れた家族が多い)で、1人で来ていたのはワタシだけであった。キモオタ役を押し付けられた気分になったが、別の4人のキモオタグループはやはり異彩を放っていた。そして女性客が多い。日本のあの萌え萌えした世界観というよりはちょっと変わったイベントを楽しもうという感覚だろうか。誕生日会をしているテーブルではメイド2人がバースデーソングを萌え萌えアレンジして祝っている。2人の後ろ姿をみて思う。来年の誕生日は1人でも来よう。

店内にはダンスのビデオゲームが設置されていて踊りたい人は踊ればいい。子供2人とそのお母さんが人目を憚らずに本気でBruno MarsのUptown Funkを踊っていた。実にファンキー。そしてお母さんなのに未だに妖艶な雰囲気を放ち現役感をアピールするコロンビアあるあるについて考えさせられる。果たして今後家庭を築くだろう将来の嫁さんが、この女性の様に常にセクシーで1人の女として綺麗でいるのが理想の奥さんの役割と考えるのであればワタシはその価値観を許容できるか。それが悪いって話ではない。それでも文化が異なればその文化の理想は異なる。きっと、女性がそうありたいという前に、男性が女性にそうであってほしいという男性の理想が彼女らを創っているだろうな。同時に、男性の理想像は女性が描く男性の理想像なんだろうなと。そんなことを考えながら、ワタシの目はやはり奥さんを追っていた。そう、こうやって目的は見失いがち。

メイドの接客はしっかりしている。それでも彼女らの創る世界観はまだ日本と比べて弱い。もっとメイドの創る世界に先導して欲しいという思いと、一方でご主人様として振り回されてはいけないと葛藤する。リードすべきなのはワタシだ。でないと言葉の定義が崩れ、虚構の世界に引き込まれてしまう。いや、そもそも日本文化含め全て虚構の世界なのではないか。1人悶々とする。

飯も飲み物も価格が全般的に高いが、その差額は彼女らの提供する付加価値だと思うと全然安い。付加価値を加え価格を上げたこういう面白いビジネスがこの国にはもっとあっていい。価格帯を上げるために豪勢な装飾を施すだけのボゴタの常とう手段にはもう飽き飽きだ。会計を済ませ最後にメイドさんの写真を撮っていいか訊いた時、改めて自分はキモオタではなくても普通に気持ち悪い奴だなと客観的に自分を俯瞰してしまった。パシャ。ポージングが慣れている。プロだ。それでいい。ここは現実ではないのだ。「イッテラッシャイマセ」と送られる。その時には、日本のメイドカフェで大敗したあの感覚はなかった。

Kurenai
住所:Calle 80 Nº 14 – 61(閉店している可能性もあるのでFacebookページにてご確認ください)

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