腋毛処理から考える当たり前

コロンビア在住のスズキです。皆さんは腋毛について考えたことはありますか。恐らく日本で育った日本人女子であれば剃るのが当たり前で、日本で育った日本人男子であればいじらないのが普通ではないでしょうか。今回は、ここコロンビアの腋毛事情をご紹介します。データを用いて定量的なアプローチを試みましたが、美容整形外科等の医療機関を通じた脱毛処理件数はわかっても人が自己処理する件数が含まれていないため定性的な内容に限定したのはご理解ください。また、この記事は根拠もなくただただ思ったことを述べるだけなので時間のある人だけ読み進めて頂ければと思います。腋毛処理を通じて考えるコロンビアの当たり前。

腋毛事情

ワタシは生まれて今まで、腋毛に関して考えたことは数少ない。腋毛に対してネガティブなイメージもない。むしろ男っぽく健康的なイメージすらある。ボゴタに約1年滞在していた時も考えさせられることはなかった。

しかし、ここメデジンでは日々腋毛について考えさせられる。なぜならば常春(体感としては湿気の抑えられた初夏)の街メデジンは暑く、肌の露出が多い。タンクトップやノースリーブの女性の腋を必ず眺める程の変態ではないが、腋毛を生やした女性を目にしたことはない。一方、青空ジムでゴリゴリに体を鍛える野郎の3割は上裸、3割はぴちぴちのタンクトップ、残りの4割はこれまたぴちぴちのTシャツ、つまり男性の約6割の腋は確認できるが、誰一人として腋毛を生やしている野郎を見たことがない。そう、ここコロンビアでは男性も腋毛を剃る。特にスポーツをする上で腋を見せる機会がある人や、タンクトップを着る男性はそうだ。この衝撃の事実に気が付くまで結構な時間がかかった。「あ、あの筋肉マン、腋毛剃ってるんだ。きっとあっち系の人なのかな」今思うと自分が持っていた偏見がひどい。当たり前の断りを入れておくが、傾向であり、絶対等ない。むしろ例外がいればそれはそれで知りたいので下記にコメント頂きたい。

まだ腋毛処理してないの?

ジムでもそう、誰一人として生やしていない。剃るのが当たり前という思想集団に囲まれるも、当初改宗しよう等とは全く思わなかった。なぜなら腋毛を残すことが自分の中の「当たり前」であり、剃ることのメリットデメリットの問題ではないのだ。でも手入れという意味では適度な長さにカットはしてきた。しかし郷に入っては郷に従え、異文化を偏見持たずに理解しようと試みる姿勢は非常に大事である。そこで親しいコロンビア人(男女)になぜ男性も腋毛を剃るのか聞いてみた。

まず、腋毛に対してネガティブなイメージを持っている人が多い。白人黒人の体臭と日本人のと比べて結構きつい(経験上)ため、腋毛が連想させる単語は「不衛生」、「臭い」、「汗」等がマイナスイメージが多かった(口頭の質問ね)。つまり「腋毛なんてみせもんじゃねー!」という大前提。腋毛を剃ることで臭いが抑えられる化学的な根拠は知らんけども、少なくともそう信じている人は多い(多分そうなんでしょう)。

そして聞いた女の子は全員(たまたまでしょうけど)「気になってる男性には剃ってほしい」という意見で満場一致、中には「親しい男が肩組んでくることはあるけど、腋の下が濡れてて毛でも生えていようならワタシはNOというわ。絶対NOね」。聞いただろうかサムライ男子よ。文化が異なればここまで「当たり前」が変わってくる。以前パイサにモテるポイント、というくだらない記事を書いたが本項目追記必須だろう。

「男性が無駄毛を処理するとか少し女々しい」「腋毛は男らしい」こんな極端かはわからないが、少なくとも似たような考えを持つナデシコは結構いるのではないか。しかしそんな意見は一切コロンビアの女の子の口からは出てこなかった。ワタシが翌日腋毛を全剃りしたのは言うまでもないが、なぜ自分はもっと早く剃らなかったのかと思う程の信者になりあがっている。

ちなみに欧州の文化ではない

コロンビア、特にボゴタでは欧州に憧れる人が多い。コロンビアの上流階級は紛れもなく欧州の血筋が強い所謂白人で、アメリカを馬鹿にしても欧州は馬鹿にしない。金を盗み続けたとスペインを批判するも憧れの気持ちは捨てない。ファッションや慣習、欧州を知れば納得できるコロンビアは多々あるが、脱毛文化に関してはあまりしっくりこない。というのも欧州では腋毛ボボボーボ・ボーボボの女の子は何人も見たし男は剃らないのが主流という認識だ。ただみんな剃らなくてもカットの手入れはする(完全に記憶からの推測。プロスポーツ選手は剃っているイメージ)。

ラテン特有?

欧州でなければラテン特有の慣習なのだろうか。他の中南米の腋毛事情に関して推測を越えないが、美容整形の産業規模からしてもコロンビアと同じような価値観にあるのだと思う。しかし、VIO脱毛で有名なブラジリアンワックスに関して、あれは実はブラジル発祥ではなく、脱毛でアメリカンドリームを手にしたブラジル人によるNYC発祥という逸話があるように、短絡的にラティーノだから脱毛文化、というのもしっくりこない。但し、所得レベルの割に美容にかけるお金をケチらない国民性からも、美意識は相対的に高いと感じる。男性が進んで剃るというよりは、美にうるさい女性の価値観が浸透したというイメージだろうか。男性の理想像は女性が求める男性の理想像である、逆も然り、的な内容は以前も書いたがそんな気がする。

ワタシの勝手な推測でしたが最後まで読んでくれてありがとうございます。

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