コロンビアの人種差別について考える

どうも最近メデジンのラウレレスにできたおニューのスタバにヘビロテのスズキです。カタカナでセメてみました。

このブログでしつこく書いていますがスタバだったりファンバルデス(コロンビアのスタバっぽい位置づけ)より美味しいカフェはボゴタとメデジンであれば沢山あるのでおススメしませんが、如何せん人の目を気にせず広々としたスペースで長居できるからやっぱり重宝しちゃってます。行って2回目でも「Hoooola Suzuki」なんて名前覚えられているのは忠誠心をくすぐられますね。ええ、完全にカモですワタシ。

考えるシリーズはただのボヤきなのでその辺り差し引いて頂いて、真面目に読まないください。学術的なアプローチはゼロ、日常から感じたことを言葉にしただけです。ただ南米未経験の日本人の方がコロンビア、南米に来れば絶対一度は考えさせられる問題ですし、今悶々と悩まされている人は一緒に考えませう。

コロンビアに人種差別は存在するのか?

端的にイエス、あんどノー。コロンビアに住む欧米外国人からすれば差別のない国に見えるかもしれないけど、中国人に対する差別意識は存在して、中国人と見分けのつかない我々日本人はすれ違いざまに「チーノ」と罵倒されることもあります。チーノ、とはスペイン語で中国人という別に蔑称でもない普通の単語ですが、そこにリスペクトがあるか否かはその単語を発する時のニュアンスで判断できるわけで。セクハラもパワハラも、受ける側がどう感じるのが大事であるように、上司に元気に挨拶してもたまたま上司が聞いてなくて「あの新人、挨拶ないじゃないか」なんて理不尽な話も上司がどう感じたかが大事であるのと同じように(そんな昭和が蔓延っている会社は辞めればいい)、相手が差別だと感じれば差別です。その意味でイエス、時に攻撃的な人種差別は存在します。

ノー、という意味ではコロンビアにおいて人種差別よりも根深いのが経済格差による差別、とされる見方もあるからです。エストラートは以前書いたのでこちらを読んでほしいのですが、簡単にいうと住んでる地区の経済レベルで①から⑥まで区分けされている制度で、エストラート①の人間とエストラート⑥の人間が同じテーブルでワイワイとご飯食べることは、まぁあり得ないだろう、と。マーティンルーサー牧師も驚き。要は人種≪経済レベルだから、金さえあれば、という価値観を好む方であればアメリカンドリームなんて寝ぼけてないでコロンビアの方が浪漫感じられると思いますよ(適当)。ちなみに我々外国人はエストラートというカースト制度の外にいるので実感し難いことですが、結構根深い様子。

日本人は差別の対象か?

ノー。問題をややこしくしているのが、日本人は無駄にリスペクトされている傾向にあるという事実。中国人でなくて日本人、とわかると寝返るように「日本人は頭いい」「日本製品は信頼できる」と目をキラキラさせるコロンビア人が多く、それを聞いて心地よくなる日本人も多い。サンキュー、ヨコイケンジさんと思いつつも、結構うんざりするやりとりでもある。

シリコンバレーシリコンバレーって素直にアメリカに憧れる日本人も多いけど、同様にハードウェァのイノベーションが起きてるのは中国・深センではないの?心地よくゴマすりされていると気が付けばその会社でしか使えないゆでガエルになりますよ?と多くのリーマンの劣等感を無駄に刺激してみましたが、心地よい言葉の余韻に浸ってると本質見えなくなるな、と自戒の念を込めて思うんです。

なぜ中国人は嫌われるのか?

容赦ないから。中国人はヤラれる前にヤル。知らんけど。コロンビアのどんな小さな田舎に行ってもあるんです、中国人移民の中華料理屋。ボゴタの語学学校でもいました、中華料理屋の娘。本当のところはよくわかりません、でもよく言われるのが彼らの儲けたお金は現地に還元されないという話。その点、南米の日系移民が多いペルーやブラジルで日系人が尊敬されているのは現地に溶け込もうと努力する、つまりご近所の信頼関係を重視して、現地の発展をも考える人が多かったから、という話。総体的にそうなんじゃないかと思います。でも中国人にユダヤ人に、世界から嫌われがちな民族だけど、本当に儲けて成功しているのはお人好しではない彼らなんじゃないかな、と。実際ウーバー運転手の会話で、「どう思うよ、この中国人のやり方?」的に本当にそれを実感して疑問を投げつける人もいますが、大半は中国人と接したことはなくただのステレオタイプに基づいて敵意丸出しなだけであって。嫌いな人のことは何しても嫌なことばかり目に留まるじゃないですか、人間だもの。だから事の本質はそこで、ただの「妬み」なんだと思います。「中国人は頭良い」と思ってるコロンビア人は多くてもそれを口にはしない、とか笑える。

もう1つ、歴史的に実質奴隷の位置づけで入ってきた点。ヤングなワタシには考えられませんが、戦前の南米大陸は裕福な国であってそこに我々黄色人種は低賃金労働移民として入国しているわけで、白人の支配層が黒人と原住民が制度上虐げられているのを不満に思わせないためにも少数移民の黄色人種を馬鹿にしてもいいという暗黙の了解があった説。えた・ひにんという存在の意味がわかればしっくりくると思います。現代では、黒人は奴隷の残念な歴史があったからタブー、ユダヤ人は大虐殺の歴史があったからタブー、中国人なら馬鹿にしてもいい、というどこか間違った世界の大前提は本当に笑えないです。我々日本人が海外で不愉快な思いをする機会の増加にも繋がるわけで。南米日系移民が受けた差別はベラベラ話さない人が多いし日本を出ない日本人からすれば無関心なのも理解できるけど、中国人と日本人なんてみんな一緒だろという認識がもっと強かった昔、相当みんなつらい思いをしてきた、らしいですよ。そして今でも田舎はそんなもん。

教育の問題と割り切るけど、しっかり話さないと何も変わらないよ?ま、話しても変わらないか。

とコロンビアの闇をバサバサと切りましたが、ここで出てくるコロンビア人とは主に教育のない層のことで、例えばメデジンの友達でまさか「日本人って犬食べるんでしょ?」なんて愚問を問いかけるレベルの人はいません。思ってても聞かない。その前にググレる。富裕層の子供は海外留学経験者が多いから如何に彼らが外で偏見を持たれているかもよくわかっている、つまり相手が感じる気持ちを想像できる。だから結構まともだと思ってた人に「日本人って犬食べるんでしょ?」という質問(これ本当によくされるので。。特に田舎)をされた時点で「あぁ、なんて無駄な時間なんだ」と自分の心に巨人を阻むウォールマリアが自然と築かれます。そして多くの日本人は、そういう質問をするのは教育機会に恵まれなかった可哀そうな人なんだな、と解釈して融和な態度を取り優等生のように彼らを責めない。それは自己防衛本能だし、傷つきたくなければそれでいいと思います。実際無知で聞いてくる人が多いのも事実ですしね。

自分は必要以上に関与しようと思いませんが、教育が彼らの認識を変えてくれるって性善説信じていたら一生この問題につきまわされるのでしっかり言う必要があると感じた場合は言うようになりました。「日本人って犬食べるんでしょ?」という質問する時の彼らの目はこれまたキラキラしていて潜在的に発生している優越感ときたら(劣等感からでしょうけど)。。こういう時、笑顔で空気を壊さないように配慮する日本人は多いけど、「あぁ、日本人にはこの質問していいんだね」ってストレートに捉える人が多いのは文化の違いの面白いところ。バカヤロ、そんな相手に笑顔はいらないよコノヤロ。誰のために空気読むのよ、ここは日本ではないよバカヤロ。

最後に

ダラダラとした結論もない文を読んで頂きありがとうございました。この問題、自分なんかは都市に住んでいるので遊ぶ友達を選べる環境ですが、田舎に住んでいる日本人は毎回毎回しんどそうで、これがあるからコロンビア嫌いになる人も少なくありません。大袈裟な話ではなく、真面目な人はノイローゼ気味にもなってます。問題を認識、解釈、発信、共有しないと何も進まないと思い、書くだけ書きました。具体的な解決策はありませんが、これが何か考えるきっかけになってもらえたら嬉しいです。

 

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